小説

2015年6月 7日 (日)

久々に読み応えのある長編小説に出会った

梶尾真治 「怨讐星域」全3巻読了した。
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太陽のフレア化で後数年で地球が滅亡する世界。
アメリカ大統領と選ばれた3万人が密かに世代間宇宙船で地球を飛び立った。
残された70億の地球人は奇跡的に発明された転送装置で同じ目的地「約束の地」へ最後の望みをかけて移住する。
転送の危険を考え、文明の利器をほとんど持ち出せなかった移住者は、
原始さながらの生活で塗炭の苦しみを味わう。
彼らの心にあるのは、地球を見捨てて逃げ出した「ノアズ・アーク」号搭乗者への復讐の気持ち。
それだけを心の支えに連帯して新天地での生活を生きていく。
やがて子が生まれ、孫が生まれ、世代を重ねていく両者。
そのうちに文明を復活させ、発展していく転送移住者の子孫。
やがてくる到着の日に備え、独特の問題にも直面していく「ノアズ・アーク」号。
それぞれの立場の人間がそれぞれに絡み合い、後世になるほどに少しづつ変容していく。
しかし、ついに「ノアズ・アーク」が接近してくることがわかると
移住者は強硬な独裁者の元、復讐のシュプレヒコールを上げる。
はたして2つにわかれた地球人の新天地でのコンタクトはどうなるのか?
あの、レイ・ブラッドベリの名作「火星年代記」を彷彿とさせる壮大な(だいたい200年位のスパン)の年代記である。
スタイルも「火星年代記」と同様、短編連作の形をとっているため、非常に読みやすく、全3巻あるが、すらすら読めてしまう
すらすらというよりもっと、もっと、とついつい読みふけってしまう。
中学生の頃みたいに寝食忘れて読みふけってしまった。しかし、いかんせん仕事をしてる身なので午前一時がぎりぎりの線。
もし、学生時代なら徹夜してでも一気読みしてしまっただろうw
おもしろいのはこの作品は2006年から季刊連載で2014年までかかって完結させた作品。
つまり途中で東日本大震災を挟んでおり、作者もあとがきで書いている通り
執筆時の社会背景がどうしても織り込まれてしまい、時代を反映したものになってしまうとのこと。
しかし、それは当たり前だろうと思うのだ。
「火星年代記」だって東西冷戦と核戦争の危機という背景があって書かれているものだし、
現に火星年代記のラストは地球に核戦争が勃発して火星移住者はみな地球へ帰還してしまう。
そして、死の星となった地球から再び移住者が火星にやってくる。
今度は火星に骨を埋める覚悟で「火星人」として新たなフロンティアをきずくために。
これは当時のキューバ危機や東西冷戦による軍拡競争が背景にあったから生まれたラストだ。
「怨讐星域」のラストはこれとは全く異なる。あえて言わないが、
あえて人類の未来に希望を投げかけるものだと感じた。
この作品に対し、amazonのレビューとかではSF用語の使い方とかで酷評してる人もいるが、問題はそこではない。
問題は、「消えない罪を負った人間を許せるか?許せないか?」ということなのだ。
これは、許せない現代の我々(現にISとか中国とか韓国とかソマリアとか、小さい規模ならクラスの嫌なやつとか
近所の保育園まで許してない人がたっくさんいるよね)につきつけられた課題だと思ってる。
そういう意味では「時代を反映している」のだ。
はっきり言って、日本のアニメ制作委員会、映画会社はハリウッドに持ってかれる前に
梶尾先生に映像化の権利取得しとけ、と忠告しておくぞ。
今のうちだぞ!www