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2016年1月 3日 (日)

151231PCWAVEを忘れた大人たち

151231PCWAVEを忘れた大人たち
  
パソコンといえば今はWindowsマシンとMacが主流ですが、かつては
MS-DOSマシンPC-9801がほぼナンバーワンだった時代が有りました。
これも、Windows95の登場により、Windowsファミリーに取り込まれてしまうわけですが、
このPC-9801 から Windowsの流れの間にミッシングリンクがありました。
  
PC-9801ー ( ) ー Windows
それがDOS/V。いまはパソコンパーツショップの名前にその名を残すのみとなっていますが。
一時期はPC-9801に近づく勢いのものでした。
DOS/Vの正体はPC-DOSVER,5.0/V というMS-DOSの日本語改良版です。
/Vの意味ははVGA、640*480ドットの画面を基本に作られたためです
中身的には、2MB程度の漢字ファイルと本体メモリに常駐するディスプレイドライバ(これがVGA専用)
を組み込むだけでした。なぜこれがすごかったのか。
日本語表示には過去のPCでは追加ハードが必要な物が多かったのです。
本家IBMでさえも漢字ROMボードを搭載した機種を売っていたくらい。
それをソフトで全部まかない、海外で現地向けに売られている
珍妙奇天烈なマシンでさえもソフトで何とかして日本語ソフトが走る様になったのがDOS/Vの真髄でした。
この時代、ちょうどDOS/Vが発売されたのが1991年ごろ(当時はDOS4.0/Vでした)、
まだまだPC-9801の市場が揺るぎないものだった頃です。
4.0はほとんど支持されず、本気出してきたのはツギバージョンの5.0/Vから。
余談ですが、DOS/Vを開発した日本IBM大和研究所の技術陣は、
IBM機専用でーすと言っておきながらこっそり台湾や香港で買ってきたIBM互換機を持ち込んで
動作テストを頻繁に行っていたそうです。ソフト単体で販売するから、
少しでも多くの機種で動かしたいという隠れた野望が有りました
さて、これは発売されると爆発的ブームになりました。
なぜかというと、PC-9801の同タイプマシンより10万円安く自作したマシンや海外から
買ってきたマシンにそのまま入れて日本語ソフトを動かすことが出来たのですから。
当時、DOS/Vの脅威に対抗スべく、テキストのスクロールを魅せつけて「速さは力」という
DISりキャンペーンをNECが行ったことからもわかります。
これに対してIBMは「」というコピーで返答したというw
この時代、1992~1995年くらいの3年間、DOS/Vの黄金時代が有りました。
と、ここまでが前フリ。
このDOS/V時代にPC-9801にない世界を求めてDOS/Vの世界に飛び込んだ人たちがいました。
後に廃人(HIGH-JIN)と呼ばれる方々です。
モンスターマシンを自作する人、後のオーバークロッカーです
パームマシンを買い求め、手のひらでデスクトップと同じソフトを動かすことに執心したひと、後のPDA、スマホ、パームトップ民
重いノートPCを持ち歩き、カードモデムやPHSでパソコン通信をどこでもやろうとしたモバイラー、後のスタバ民w
当時、それらの情報交換や海外情報の窓口となった雑誌たちもありました。
ソフトバンクのDOS/Vマガジン、現在も観光されているインプレスのDOS/VPOWERREPORT、そして今回の本題、PCWAVEなのですwww
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秋葉原BEEPでは一冊200円とカス扱いサれている雑誌ですが、どうしてどうして侮れない。
当時のDOS/Vブームと寄ってくる廃人達。とうぜん、ベーマガのような雑誌とはカラーが著しく異なってくる。
海外のゲームやシェアウェアの購入方法、当時Amazonなかったからそうとうくろうしたことでしょうねw
インターネット前夜のパソコン通信事情、当時はnifty-serve(いまの@niftyとは経営が一緒というだけの別物です)や
PC-VAN(いまのBIGLOBEの前進。当然経営母体以外関係ない)、
といったテキスト中心の掲示板サービスとメール、チャットがSNS的に行われていた。
これらの掲示板やライブラリを介してフリーソフトやデータのアップロード、ダウロードが行われていた。
いまの窓の杜やvectorみたいな役割も担っていたわけだ。
逆にこれらの機能を個人で、低価格あるいは無料でできるようになったインターネット時代がいかにすごかったことか。
そして本文は、クセのあるライターたちが書きまくったテキストの数々。
自分の得意分野、モバイルやパームトップ、香港台湾の妖しい物の情報などを癖たっぷりに書きまくってました。
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当時100LXは知ってる人はそんなおおくなかったです。ヒット作200LXですら知ってる人少なかったのにw
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1996年にはもうエミュレーターを特集しています。Executer(MS-DOSでMachintoshをエミュレートするむちゃくちゃなソフト)
当時少しづつ出始めてた8ビットパソコンやゲーム機のエミュレータなど。しかも付録CD-ROMにApple2のゲームROM収録とか
当時でもかなりやばいことをやってました
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CHRPというのは
PowerpcというRISC系CPUに何でもやらせようと言うプロジェクトでIBMの旗振りにいろんなメーカーが
賛同して出来たものでしたマイクロソフトも参加して、このCPUで動くWindowsNT(ハイエンドと位置づけられていた)や
IBMAIX(IBM製UNIX。けっこう長いあいだメインフレーム向け端末としても使われていた)などUNIX系も多数移植され、
理想の統一プラットホームをwintelに先駆けるものでした。
が、
その後、このプロジェクトは頓挫し、WindowsNTは早々に撤退
(DECのワークステーション向けなどにちょびっと提供されただけ)
他のメーカーも離れていき、結局残ったのはIBM(AIX)とAPPLE(Powermac)だけでした。
その後、任天堂のゲーム機やNASなどの専用機に採用されて
最近まで生き残ってたのはしぶといというか転んでもただでは起きないというかw
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なかにはその独特の味のある文章を単行本化されたものも有りました。
はっきり言って当時を知る人が読んだら爆笑なのですが、
知らない人が見ると何が面白いのかさっぱりわからないだろうこと必至w
アストロビスタ氏著の2冊です。
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ほんとうはゼロハリ氏と波多利郎氏のモバイル系記事もまとめて読みたかった・・・
いまはWEBで一部読めるのみ
ただこのPCWAVE誌、無茶しすぎたのか目に見えて広告がなくなっていき、最終1999年4月号よりによって、Openlinux上で動くDR-DOS(MS-DOS互換DOS)エミュレーターの特集をもって、
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とうとう編集部が夜逃げして終わってしまいましたwww
    
だから、最終号にも次号予告が入っているというwww
  
過去、廃刊理由が”編集部夜逃げ”というPC雑誌は後にも先にもこれだけであるw
ライターも原稿料とりっぱぐれて災難、読者も楽しみにしてたのを反故にされ残念至極
誰も得していないという最悪の結果。しかもベーマガみたいな幸せな復刊は間違ってもありえない。
    
DOS/V時代を皆が忘れているのはひょっとしてこれら負の記憶を消そうと言う脳内の働きのせいだろうか?!w

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